私は覗き魔です

人と知り合ったら、あとから「この方フェイスブックしてるかな~」と探し、書いてある記事を見て、その人の人となりをWEB経由でも知ろうとします。

その方が経営者の方だったら、「会社はどんなホームページだしてるのかな~」とこれまた検索し、会社の業務内容や経営や起業に対する社長さんの思いとかを知ろうとします。

そういう人ってたくさんいらっしゃるかと思いますが、私の場合まだその先があります。

「SEOチェキ!」という覗きグッズ

会社のホームページを開いたら、まず最初にURLをコピーします。さらにそのホームページとは別に、下記のSEOツールを開きます。

無料で使えるSEOツール「SEOチェキ!」

「覗きグッズ」:筆者が勝手にそういう呼び方をしているだけです

このサイトのURL入力欄に、さっきコピーしたURLを張り付けて、オレンジ色の「チェック!」ボタンを押すと、そのサイトにまつわるいろんな情報が表示されます。参考までに弊社のホームページをチェックした結果を掲載します。

HTCサービス株式会社HPを「SEOチェキ!」でチェック!してみた

コピペ + 1クリック で、サイト説明から、契約してるレンタルサーバー会社、ドメイン会社・公開日などの情報を、いとも簡単に「覗き見」することができるのです。

その社長さんにホームページや通信の管理会社を弊社に乗り換えてもらう営業のチャンス(商談機会)がもしあるとすれば、上記の内容を知ってるのと知らないのとでは、どちらのほうがよりお客様のニーズを引き出しやすいか、一目瞭然ですよね!

② 覗き放題♪「ページのソース」

覗きグッズはまだまだあります。このブログではあと1つだけ紹介します。

ホームページには、そのページの掲載内容や見栄え、さらにはページの動き(「ここをクリックしたらこうなる」とか「ログイン」とか)をつかさどる、いわゆる「WEBプログラミング言語(html、css、javascript、php、etc)」というものがあります。

もうちょっと違う言い方をすると、、すべてのホームページは、WEBプログラミング言語の文法に沿って書かれたファイルの集まりにすぎず、そのファイルの大部分(ページのソース)を誰でも覗き見することができるのです。

参考:弊社HPのソース(スクショ)です

こんなかんじの長ったらしい文字羅列の存在を初めて知った時、「俺にはホームページの仕事は絶対無理!」と確信したのを覚えています。とはいえ、そのあとOA機器販売の会社を立ち上げ、自社ホームページが欲しくなって、でもホームページ制作にかける金はなくて、、、ハアァッ、、ってため息つきながらホームページとそのソースを交互に見続けているうちに、あることに気付いてしまったんです。

模範回答(ソース)パクれば、同じの作れるやん♪

思い立った私は、どこぞの会社のホームページのソースを開いて、それを全部コピーしたあとメモ帳に張り付けて、とりあえず「~.html」っていう形でデスクトップに保存して、そのファイルのアイコンをマウスでクリックしたままホームページの所まで引っ張って行って、そこでクリックを放して(のちにドラッグ&ドロップという単語を知る)、、、どうや!?1ミリ違わず同じページが出るやろ!!! と、直感に導かれるままチャレンジしてみました。結果は、

・・・外観グダグダ、文字化けオンパレード、チーン・・・

まあ、ガッツリと作り込まれたページが、そんな単純な操作だけでまったく同じに再現できる筈もないのですが、それでも一部原型と同じ箇所もあったりして、パクり(コピペ)オンリーとはいえ初めて自分で作ったhtmlファイルをブラウザで起動させたことによる高揚感を得ることができました。いま思えばそれが、

「今はチンプンカンプンでも模範解答見ながら勉強できるわけやし、そのうちWEBの仕事も出来るかもしれん♪」

と思えるキッカケでした。そしてそれからカンニング(ソース覗き見)とグーグル先生に相談(調べまくり)を2~3年積み上げた結果、小さいながらも弊社の収入軸のひとつとしてWEB事業を立ち上げたのであります。

ということで、弊社WEB事業部は、プログラミング言語を系統立ててちゃんと学習をしていません。WEBで商売している今現在でさえ、未だにチンプンカンプンな表記にしょっちゅう出くわします。それでもきっと、持ち前の「覗き魔」気質で、難題や壁をそのつど乗り越えていくのでしょう。。

ブログ「DIY」について

「どんな仕事もDIYの延長上」という筆者なりの持論があります。「しかるべき場所でしかるべき人からちゃんと教わらないとモノにはならない」という考え方も分からなくはないですが、それでも先ずは自分自身(DIY : Do it yourself)ありきです。仮に人から教わるにしても、あくまでも「教わる」ことは「手段」であって、教わること自体が目的みたいになって本来の目的を見失うことのないようにしたいものです。